hgnの方向性を考える① 歴史編

開発再始動!はいいのですが、「何を作るの?」という点がまだ定まっていない状況です。何を提供するサイトなのか?が私の頭の中ではブレブレで…。頭の整理を兼ねて、ブログに考えを書き出してみることにしました。今回は、2003年9月23日から2020年11月に至るまでのおよそ17年間を振り返ってみようと思います。17年か…

仕事の話も入れています。サイト開発と繋がりはそこそこ深いので。

0.はじまりの前

そもそも最初は攻略サイトでした。hgn公開の際に閉じてしまったのですが、バイオ2とか零の初代~刺青ノ聲、九怨などの攻略記事を載せていました。

「全ホラーゲームの攻略記事を書いてやろう」と思い至ったものの、そんなの時間的に絶対無理やんとなりました。当たり前ですね。そこで諦めずに考えた結果が、「自分で書くのが無理なら攻略サイトを集めてやればええんや!」ということで作ったのが”H.G.S. -Horror Game Search-”でした。

1.はじまり

最初はYomi-Searchというperlで書かれた登録型の検索エンジンを使って、Game of Serchさんとかゲーム派ドットコム(現在はガメハコム)さんなんかを参考にサイトを作りました。

ちびちびサイト登録者さんを集めながらも、学生から社会人になって、ゲームをやる時間もサイトを作る時間もなくなっていました。とはいえ、社会人になったことで自分でお金を稼げるようになり、サイトに独自ドメインを導入し、サーバーも有料のレンタルサーバーを借りれるようになりました。最初はXREAの無料版を借りていたのですが、そこの有料版にアップグレードしたと思います。

ちなみにゲーム業界志望で就活していて、一番行きたかったカプコンも筆記試験は突破したものの、1次面接で落ちてしまいました。結局、従業員15人ほどの小さな会社で業務用のシステム開発職に就くことになりました。その会社はゲーム会社への人材派遣もやっていて、いずれは派遣という形でゲーム会社へという話で入社しました。

2.脱Yomi-Search

入社から2年間は業務系アプリの開発に従事していまして、そこでDBについての知識を得ました。当時は早くゲームの仕事に関わりたい、こんな仕事やりたくないとずっと思っていたのですが…この2年の経験が後に大いに役立つとは、当時の私は思ってもみなかったのです!

3年目にしてようやくゲーム会社に派遣されることが決まりまして、アーケードのレースゲーム開発に関わることになりました。でも、そこで1年が経とうという頃、世界で大変大きな事態が発生しました。いわゆる、”リーマン・ショック”というやつで、大不況が襲ってきたわけです。当然、私の派遣契約も終了となりまして、会社では仕事がないので国の支援を頼りにほそぼそと生きていました。

そんな中始めたのが、PHPの勉強でした。なんでPHPを選んだのかはもう忘れたのですが、初代Zend Frameworkと共に勉強していました。で、始めたのが”脱Yomi-Search”です。ほとんどYomi-Searchと変わらないものを自分で作りました。個人的にはこれをhgs2と呼んでいました。

恐らく2011年4月くらい(正確な記録が残っていない…)にYomi-Searchからデータを移行して、サーバーもXREAからさくらインターネットのレンタルサーバーへ移り、”脱Yomi-Search”することとなりました。

3.やっててよかったZend Framework

HGSから離れて仕事の話になるのですが、リーマン・ショック不況から1年ちょっと経ったくらいでしょうか、2010年の夏くらいに前述の派遣で行っていたゲーム会社さんから連絡がありまして、新しい案件にアサインされました。ツール制作担当として来てほしいということでした。最初に行ったときにセーブデータを管理するツールを作ったのですが、その作りを気に入っていただけたようです。今度はアーケードではなく、当時発売前だったニンテンドー3DSのゲームです。結局、人員が足りないということでツールだけじゃなくゲーム部分の実装もやらせてもらい、個人的には大満足な案件でした。完成前の2~3か月はほとんど会社に泊っているような状態でしたが、ゲーム開発なんてそんなもんです🤣

ゲーム開発も終わり契約終了となりましたが、終盤ほとんど休みもなかったので長めの休暇をいただきました。そこでまさかのインフルエンザにかかってしまうのですが、その最中にまた上記の会社さんから別の案件の話があるということで、インフルエンザが治ってから話を聞きに行くと、今度はソーシャルゲームのサーバー側の人員として人を探しているとのことでした。技術的にはPHPでZend Frameworkを使うそうです。そう、ちょうどH.G.S.を開発している最中だったので知識はあり、そのままソーシャルゲームのサーバーエンジニアとなりました。

開発途中のH.G.S.で学んだことが仕事に活かされ、仕事で得た知識をH.G.S.にフィードバックするという流れができまして、空いた時間でちびちびH.G.S.の開発を進めて、2011年の春にめでたくhgs2のデビューとなりました。

4.そしてネットワークへ

恐らく2015年くらいだったと思いますが、ホラーゲーム・サーチからホラーゲーム・ネットワークへ切り替えていこうという構想が生まれました。攻略Wikiやpixivの台頭でもはや個人の攻略サイトやイラストサイトはなくなってきているので、登録型のサーチエンジンってもう需要が減ってきたなと。

あわせて、私生活でも結婚したのですが、当時の会社の給料ではこの先厳しいなぁというところで転職を考えていました。

転職活動をする前に作品が必要だ!と思い、始めたのがhg.nの開発です。言語は変えずにフレームワークをLaravelに変更しました。色々ありながらも、2018年の2月に現在のhgnができました。サーバーもレンタルサーバー からVPSに変えて、自分でセットアップするようにしました。

ちょっとずつサイト更新しながら、7月に転職活動を始めました。hgnのお知らせを見るとちょうどそのタイミングを最後に更新が止まっているのが分かりますね😓

転職活動はすぐ終わりまして、新しい職場での仕事が始まり、そうこうしている間に新しい命も授かりまして、サイト更新する間もないまま2年が経過しました。

新しい生活にも慣れてきたのと、昨今の新型コロナであまり外出しなくなった事で時間に余裕もできたので、サイト開発を再開しました。。

ちなみになぜ「ネットワーク」なのかと言うと、単純に取ったドメインが.netだったという理由なだけです…これがhorrorgame.infoならホラーゲーム・インフォメーションだったでしょうし、horrorgame.loveだったらホラーゲーム・ラブ😍だったでしょう。
.netを選んだのは安かったからというのと、当時はなんとなくそれが良く感じたからです😅

5.まとめ

まとめます。

  • 最初はホラーゲームの攻略サイトを集めるつもりだった
  • 攻略以外のサイトも集めることにした
  • 時代の流れと共に、個人サイトが減っていった
  • 私生活の変動に合わせて、サイトも改修していた

最初にサイトを始めたときは、ホラーゲームが好きで始めましたが、その後の改修は自分の勉強のため色々作ってみたというのが大きいですね。昨今流行りのAIみたいなのも導入できればいいのですが、そのあたりの知識はないので難しいかなぁ…イラストやコスプレ写真を上げてもらったら、どのゲームのどのキャラなのかを自動判別してくれるとか面白いかもしれませんね。

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